2014年6月22日日曜日

さよなら、バークレー

ついに夫が卒業し、日本へ帰国することとなった。帰国日の6日前に夫が修士論文を提出し、船便の梱包と掃除を急いで進め、帰国日の1日前に卒業式、翌日にはバークレーを発つと言うタイトスケジュールで、最後までドタバタしながら飛行機に乗って、そういえば日本へのお土産を何一つ買っていなかったことに気づいてがっかりしたのが実は1ヶ月前。

2年前、正確に言うなら1年9ヶ月前に成田を発ったときは、初めての海外生活に戦々恐々としていた。バークレーに到着したばかりの頃はカフェで店員さんにトイレの鍵を借りるのにもドキドキしながらだったし(やっとの思いで借りたら鍵には「Men」と書いてあったけど)、アイスクリーム屋さんで全財産が入った財布を置き忘れたりしたし(親切な方がすぐに届けてくれたけど)、その他にも波乱はいろいろあったけど、今思い返してみると、とても楽しくて幸せな日々だったように思う。

いろんな人種の人がいて、いろんな国の言語やいろんな国のアクセントの英語が飛び交って、そんななかで親切にしたりされたり、友達になったりできるという環境がとても好きだった。日本しか知らなかったときよりも、日本のことがよくわかるようになったし、他の国の人たちに対する理解も深まったと思う。本当に貴重な経験ができた。

なかば諦めていた子どもを授かり、子育てを始めたことも大きく自分を変えるきっかけになった。以前よりもさらに、よりナチュラルなものを求めるようになったし、よりリベラルに生きたいと思うようになった。何よりも、人生に対して前向きになった。真面目さとか我慢強さだけが自分のとりえだったけれど、今は自分も周囲も明るく楽しくなる方へと路線変更して、朗らかに生きていきたいと思っている。

バークレーでの生活を終えるにあたり、このブログの更新も今回で最後。思っていたより多くの方に読んでいただき、嬉しいフィードバックをいただいたりして、少しは役に立てたのかなと思うと達成感があります。これからは、家庭を守りながらも、また何か別の形で自分にできることを見つけていきたいと思っています。これまでお付き合いくださった読者さん、ありがとうございました。

さよなら、バークレー!さよなら、みなさん!どうかお元気で。

                                                   
                                                     (おわり)


2014年6月21日土曜日

帰国準備

帰国までにやったこと一覧です。

<家具のもらい手を探す>
帰国する人にとって、これが一番の悩みどころ。自分でMoving Saleを開催したり、知人のツテをたどってバークレーに引っ越してくる人を見つけたり、と時間も労力もかかる大仕事。私たちの場合は幸いなことに、今度バークレーに越してくるという方とお知り合いになる機会を得たため、その方に家具一式を安値で買っていただく(押し付けるとも言う)ことができた。そのほかには、ソファー2つを夫のクラスメイトに結婚祝いとして贈呈したり、こまかいものはyard sale(下記参照)にて破格で売り払ったりした。

<クロネコヤマトの申し込み>
クロネコヤマトのホームページでは、なるべく帰国日の2ヶ月くらい前までに申し込んで欲しいと書いてあったので、急いで申し込んだ。申し込みフォームの備考欄に「梱包は自分たちでやる」旨を書いたところ、単身パックを勧められた。荷物の量を見積もって、ダンボール大12箱小8箱を頼んだ。実際に使用したダンボールの数に応じて費用が発生すると聞いたので、多めに調達。

<日本での住まいを見つける>
夫の仕事の都合により、日本に到着した2日後から通常通りの勤務が始まるため、できるだけ早く新しい住まいを確保しなければならなかった。東京に戻ることがわかっていたので、以前お世話になった不動産屋さんに電話やメールで連絡をとり、こちらの希望条件を伝えて物件を見立ててもらった。内見はせずに間取り図だけで契約を交わした。

<village officeに退去の申し出>
退去する日の30日前までにofficeに書類を提出しないといけないので、それよりも前に退去に関する書類をもらいに行く必要がある。提出するときにはinitial inspectionについて意思表示をしておかないといけない。退去日の約2週間前にinitial inspectionというものを受けることができるので、権利放棄する(受けない)か、立会い付きで受けるか、立会いなしで受けるかを選択する。私は立ち会いつきで受けることにしたら、その場で日時を決めてくれた。

<航空券の購入>
 fareboomというサイトで、JALのサンフランシスコ~羽田が激安になっていた!大人2名&幼児1名(lap child・座席なし)で約2000ドル。

<不要品の処分>
私が所属している環境保護団体・nature villageがUC villageにて主催するyard saleに参加して、手放したい物を安価で売りさばいた。売るほどでもないけど捨てるのは忍びないと思うものはdonation boxに寄付。使用済みのインクカートリッジと乾電池はvillage officeのドア付近にあるe-waste boxに入れてきた。





それから、読まなくなった日本語の本を何冊かBerkeley Public Libraryに寄贈した。事前の連絡も何もせずに、いきなり受付に本を持ち込んで「donationしたい」と言ったら、それで手続きは終了。こちらの身元や寄贈内容の確認などは一切なし、という気楽さ。これからバークレーに来る日本人のみなさん、「ローマ帝国滅亡史」は夫からの寄贈品です。ところで、妻としては2年前の夫に聞きたい。こんな重たい本を(しかもバークレーで読まなかったし)なんでわざわざ日本から持ってきたの?

<部屋の掃除>
initial inspectionでけっこうダメだしをされてしまったので焦った。前の住人がブラインドの紐を結んでいたのをそのままにしていたら、「ほどかなくてはダメ!」とチェックリストに×を付けられた。何てこまかいんだ!ちなみに、窓ガラスと壁の汚れ(子どもの落書きなどを含む)はそのままでいいらしい。引越し直前までこのことに気がつかなくて焦りに焦った…。リストはよく確認しよう。

<空港までのアシを確保>
チャイルドカーシートを用意してもらえるという、ABC Shuttle Serviceを予約。しかし結局、ご近所の方のご厚意に甘え、空港まで送っていただくことになり、こちらはキャンセルしてしまった。

<クロネコヤマトの荷造り>
 思っていたよりも荷物が少なかったので、ダンボール大8箱小4箱に収まり、値段は980ドルだった。クロネコヤマトに引渡しできるのが平日のみ。私たちは日曜日に帰国したので、2日前の金曜日に引き取ってもらった。

<郵便局で住所変更>
USPS(The United States Postal Service)のホームページから住所変更をしようとしたら、転居先の住所にはアメリカ国内の住所しか入力することができなかった。そこで、最寄りの郵便局であるSolano Post Officeに行って、窓口でMover's guideと書いてある封筒をもらい、中にあった用紙に手書きで記入した。この用紙(大きめのはがきのような感じ)も転居先がアメリカ国内向けに作られているけれど、転居先の欄に州の略文字2文字分の枠に無理やりJAPANと書き、zip code欄の5文字分の枠に日本の郵便番号7桁を記入。郵便事故に遭ったら嫌なので、窓口のスタッフに手渡してきた。帰国してから2週間後には郵便物が転送されてきた。

<Telebearsで住所変更>
officeから渡された退去の書類に、Telebears(UCバークレーのWeb学生登録)でも住所変更しておくように、とあったので日本の新しい住所を登録。

<銀行口座について>
私たちは、夫の希望でCitibank N.A.の口座を残しておくことにした。学生ではなくなるので今後は口座維持手数料が発生するのでは…と心配していたところ、社会人向けのコースのうち一番ランクが低いものを選んだとしても、口座に1500ドル以上の残高があれば手数料は発生しないことを窓口で教えてもらったので、そちらのコースを選んだ。コースは全部で3ランクあり、預金額に応じて受けられるサービスの内容が異なるらしい。銀行員さんがパンフレットをチラッとしか見せてくれなかったので詳細はわからなかった。

~子どもに関してやったこと~

<洋服&おもちゃの買いだめ>
日本での育児経験がある方が口をそろえて言うのが、「日本は子どもの洋服やおもちゃの値段が高い!」ということ。帰国前にSolanoにある中古屋さん・Chloe's Closetにて洋服とおもちゃをまとめ買い。このお店は洋服(0歳から2歳まで)やおもちゃ、三輪車や電動スイングなどを中古で販売しているほか、離乳食用のエプロンやコップなど新品のものも扱っている。

<予防接種の記録を発行してもらう>
お世話になっていたKiwi Pediatricsに帰国することを伝え、予防接種の記録(immunization record )を書いてもらった。息子は1歳になる直前に帰国することになるので、1歳検診と予防接種を受けさせてもらえないかと頼んでみたものの、検診はできるけれど予防接種については早すぎるのでできない、と言われた。検診だけ受けに行ったら、ドクターが日本で小児科にかかるときのために、これまでの検診のsummaryを書いてあげると言ってくれて記録をもらえた。

<おまけ・日本での転入手続きについて>
区役所に転入届を出しにいくときに、印鑑とパスポートだけ持っていったらダメだった!戸籍謄本と戸籍の附票が必要だと言われ、本籍地のある区役所まで急いで取りにいき、再び区役所に戻った。日本に入国した日付の確認が必要なので、息子のパスポートは日本のものだけで足りた。

転入届の提出だけでなく、私はその日のうちに住民票の写しも発行してもらいたかったので、そのことを申し出ると「1時間以上かかるので、そのあいだにお子さんに関する手続きをしていてください」と言われた。

まずは健康推進課に案内されて母子健康手帳の交付を受けた。それから次に子育て支援課に赴いて児童手当について説明を受けることに。うちの場合は夫の勤務先から支給されるので、区に対して行う手続きはなかった。続いて子ども医療証の発行をしてもらう。息子の医療費については、夫の勤務先から発行された保険証で8割、区から2割、負担してもらえるらしい(手続きから2日後には区役所発行の子ども医療証が郵送で送られてきた)。さらに予防対策課に通され、予防接種の予診票の発行を受けることに。

…しかし、転入届を出すだけのつもりで来ていて、まさか子どもに関してこんなに手続きをする展開になるとは思っていなかった私はimmunizaition recordを持参しておらず、後日出直して予診票をもらうことになった。

そんなわけで、私から最後のアドバイス。海外で出産された方が日本で転入届を提出するときは、お子さんに関する書類は念のために一式持っていった方がいいです。

2014年6月7日土曜日

アメリカで救急車を呼ぶ

ときは1月の終わり、息子が生後8ヶ月になって間もないある日のことだった。いつものように寝かしつけた息子が、どうも寝苦しそうにしている。しきりにモゾモゾするので、落ち着かせようと思っておでこに手を当ててみると、驚くほど熱い。まさかと思いつつ体温を測ってみたところ、102.5F。私は摂氏と華氏の換算ができないので、インターネットで調べると何と40.2C!3時間前までは何ともなかったのに、いきなりこんな高熱が出るなんて!

「定本 育児の百科」を読んでみるに、たぶんこれは突発性発疹なんだろう。突発性発疹は生後6ヶ月から2歳くらいまでのあいだにほとんどの子どもが経験する通過儀礼のようなもので、ある日突然高い熱が出て、熱が引いたあとに発疹が身体じゅうにできるという。病院に行ったところで何かできるわけではないので、全快するまでの1週間程度は自宅で看護するしかないらしい。

それならこのまま様子を見るしかないのか、と思う一方で、私には引っかかることがあった。産後Alta Batesを退院するときに、NICUのスタッフから「赤ちゃんの体温は98F~99Fが標準なので、もし97Fを下回ったり100Fを上回ったりしたときは、すぐに病院に連れて行くように」と言われていたのだった。突発性発疹だろうから自宅安静でいいのか、それとも102.5Fもの熱が出ているから病院に行った方がいいのか、判断に迷う。そんなときに、息子が嘔吐したので慌てる。突発性発疹って嘔吐を伴うものなの?もしかして何か別の病気にかかっているのかな?でも病院と言ったって、午後9時を過ぎていたのでKiwi Pediatricsは閉まっているし、いったいどこに行けばいいの?そんなこんなで慌てているうちに、息子が再び嘔吐。苦しいのか、ずっと泣き続けている。なかばパニックになりながら、仕方がないと覚悟を決めて911に電話した。

アメリカでは警察と救急が同じ電話番号なので、911に電話したときはどちらを呼びたいのかはっきりさせないといけない。「私のベイビーが102.5Fの熱を出して、この1時間以内に2回嘔吐して…」と伝え、住所を教えたところで最後にオペレーターの女性が「あなたはバークレー市に住んでいるのよね?」と尋ねてきたので、「いえ、アルバニー市です(UC villageがあるのはアルバニー市)」と答えると電話が突然どこかに転送された。

次に応対してくれた女性に最初から説明し直したところ、息子の状態についていくつか質問を受けたのだけど、「Is he breathing?(呼吸はしていますか?)」という質問でなぜか頭の中が真っ白になってしまい、「意味がわかりません。ブリージングって何ですか?」とパニックになってしまった。そして電話がまたどこかに転送された。一から説明し直して住所を伝えて、また転送されて、というのを繰り返し、結局7~8回は転送されて、どこの誰と話しているのだかわからないままに、「Is someone coming?」「Yes」というやりとりで電話が終了。電話を切って2分と経たないうちに救急隊員が自宅に到着。

救急隊員は白人男性とアジア人男性の2人だった。「薬は何か飲ませたの?アスピリンを飲ませればいいんだよ」と言われたけれど、素人判断で赤ちゃんに薬なんて飲ませて大丈夫なんだろうか?救急車に乗り、病院に搬送される。救急車に乗って最初にしたことは、息子の保険の確認だった。私はMedi-Calの会員証を提示した。車に乗るからと思ってカーシートを持ってきたのに、息子を座らせようとすると大泣きしてしまったので、担架を起こして私が座り、私の身体を固定したところに息子を抱っこする、という方法で息子を運んだ。

向かったのはChildren's Hospital At Oakland。あとでわかったけれど、自宅から18番のバス1本で来られる場所だった。夜間も患者を受け付けているようで、待合室にはたくさんの赤ちゃんや子どもがいた。ここで息子の名前が呼ばれるのを待つ。

…しかし、30分以上待っても全然呼ばれる気配がない。息子は病院に着いてからずっと泣き続けている。とりあえずオムツを替えようと思い、トイレのオムツ交換台に息子を仰向けに寝かせた瞬間、噴水のようにゴボゴボと大量に嘔吐。泣きたい気持ちで息子を抱え、受付の女性に診察を急いでもらえないかと頼んでみると、Triage Windowに行くようにと言われる。待合室の一角にあるガラス張りの部屋がTriage Windowという部屋で、診察の前に応急処置が必要な患者はこちらに呼ばれるようだった。Triage Windowにいたスタッフに、息子の名前がwaiting listにあることを確認してもらい、ほどなくして呼ばれた。

飲み薬になっているイブプロフェンを口の中に入れた途端に、またしても大量に嘔吐!もう、息子の身体はいったいどうなってしまったんだろう?替えの洋服を持ってきていなかったので入院着をもらって着せ替え、座薬を入れたところで個室に通され、ドクターの診察を待つことに。

個室で待つこと30分以上。看護師さんがやってきて、先ほど息子が嘔吐してしまった飲み薬を再び投与。今度は吐かずに飲むことができた。そこから待つこと1時間、体温の計測があり、すっかり熱が下がっていることが確認できた。息子もすうすうと寝息を立てるようになり、顔には早くも発疹が現れ始めていた。この日は患者の数が多かったそうで、ドクターの診察を受けられたのは翌朝の7時過ぎだったけれど、そのころには息子は元気になっていた。

ところで、救急車を呼んだとなると、気になるのが費用のこと。3ヵ月後の4月末に請求書が届いた。それを見てみると…なんと2264ドル(約23万円)!内訳は夜間呼び出しの1895ドルと、移動距離に応じた金額が369ドル(1マイルあたり45ドルらしい)。Medi-Calが支払いを拒否したので、あなたは100パーセント自己負担することになっている、と書かれていた。救急車を呼んだ時点で覚悟はしていたので致し方ない。金額については予想以上に高い!と思う一方で、Medi-Calのおかげでこれまで息子の医療に関しては1ドル足りとも支払わずにきていたので、このくらい払っても全然足りないくらいだという思いがあった。Medi-Calに加入できたおかげで、超音波検査を含む妊婦検診と分娩費用と6日間の入院費、息子の黄疸治療、産後の母体の検診(Medala社の電動搾乳機のプレゼント付き)と息子の健康診断や予防接種まで、すべて無料で受けてきたから。

しかし請求書には肝心の支払い方法が書かれていなかったので、とりあえず最寄りのアルバニー市役所の分署まで行って質問してみることにした。Fire Departmentに案内されたので、窓口に出てくれた消防士さんに請求書を見せてみると「保険会社が全額拒否するなんておかしい。普通は一部でも負担してくれるものなのに。僕が問い合わせてみるよ」という親切なお返事をいただいた。「私たちの帰国が迫っているので、手続きしていたらきっと間に合わないと思う。全額支払ってもかまわないんだけど」と言っても、「いや、これは保険担当部門にかけあった方がいいよ」と消防士さん。

結論から言うと、息子のMedi-Calは無効になっていたので、救急車代を拒否されてしまったらしい。実は息子がMedi-Calに承認されてから5ヵ月後に、Medi-Calからパンフレットが送られてきて、子どもの保険をAnthem Blue CrossかAlameda Allianceのどちらか選ぶようにという通知がきたので、Kiwi Pediatricsに確認してAlameda Allianceに加入していたのだった。だから、救急車に乗ったときにMedi-CalではなくてAlameda Allianceの会員証を提示すればよかったのだ。私はこのときまで、Medi-Calがすでに無効になっている(担当がAlameda Allianceに移ったというべきか)ということを知らなかったのでびっくり!

それで、救急車代はAlameda Allianceが何と全額負担してくださいましたとさ。カリフォルニア州、すごすぎる!このご恩は一生忘れません!