2012年12月5日水曜日

意外と日本に近いチリ


このごろは国際交流が続く。今度はチリ人のクラスメイト(通称パトさん)からお夕飯に誘われた。ぜひご一緒しましょう!と返事したのはいいものの、チリという国について恥ずかしながらほとんど知識がない…。食生活は、文化は、歴史はどんなものなのか?あわててインターネットで検索する。ああ、手土産には何を持っていこう?

食文化はどうもお肉とワインが中心、地域によっては魚介類も食す、ということがわかって、うーん肉じゃがはどうだろうと悩む。そんなとき、実はパトさんの奥さんがご懐妊中で、かなりお腹が大きいという情報を夫から得て、たちまち狙いを「妊娠後期の女性におすすめの料理」に定めなおす。妊娠後期に必要な栄養素は、鉄分にカルシウム、食物繊維にビタミン…要するに全部だよね(^_^;)?と行き詰る。考えがまとまらないままスーパーマーケットをさまよい、山積みになっていたサツマイモを見て、これなら美味しいしビタミンCも食物繊維もあってよさそうだと買って帰り、ケーキを作って持っていくことにした。(これが奥さんにとっても喜ばれた。「食物繊維?私にぴったりね!夫にはあげないわ、私が一人で全部食べるの♪」と。)

パトさんの自宅には、チリの自然や家族の写真がたくさん飾られていて、立派な国旗も掲げられていた。故郷を離れて学ぶ同志として胸が熱くなる(私は学んでないけど)。リャマの写真を見つけて思わず「リャマ!」と言うと、よく知ってるね、と驚くパトさん。間欠泉の写真には「これ、日本にもあるよ!」とはしゃぐ私たち。チリにも温泉があるらしい。パトさんが温泉卵の説明をしてくれたので思わず笑ってしまう。(あ、やっぱりみんな同じことをするんだ!)

食前に軽くつまめるスナックを出してくれた。夫がはまっているトルティーヤと、「セサミ・スナック」というもの。このセサミ・スナック、どう見ても胡麻せんべい。食べてみても、やっぱり胡麻せんべい。夫と顔を見合わせる。「これって、せんべいだよね?」はて、チリの食べ物は日本と似ているのだろうか?(セサミ・スナックにはクリームチーズを塗って食べるのがチリ流。)

その後いよいよ、奥さんの手料理をごちそうになることに。チリの伝統的な料理よ、といって並べてくれたのが、ひき肉の上にコーンクリームを重ねてオーブンで焼いたもの。これが、日本人の舌になじむ味つけでとってもおいしい!薄味で食べやすくて、それほど油っこくもない。それから、ほうれん草とクルミを使ったサラダとトマトを使ったサラダ。デザートには手作りのレモンケーキ、と身体によいメニューが続いた。チリの料理がこんなに日本食に近い味つけだなんて、想像もつかなかった!

食事をしながら、会話が進む。パトさん夫妻は若きインテリご夫婦で、とっても流暢に英語を話す。南米の人の英語もなかなか癖があって私にはハードルが高いのだけど、このお二人にはほとんど訛りがないので驚いた。チリで弁護士をしていたという奥さんは、昨年UCバークレーのLaw Schoolを卒業し、今度は入れ違いにパトさんがUCバークレーの公共政策学科に入学することになった、という優秀すぎるご夫婦。この二人の間に生まれる赤ちゃんはさぞや素晴らしい遺伝子を引き継いでいるに違いない!

ふと話題が銃のことになったときに(この前地下鉄の駅で、警察がちょっと行動が不審だっただけの人を射殺してしまった事件があったんだよ。信じられないよね?とパトさん)、「日本ではどういう人が銃を持っているのか?」という質問をされて、私は何気なく「うーん、警察とヤクザかな」と答えてしまった。すると、初めて耳にした「ヤクザ」という単語が、二人の知的好奇心を思いがけず刺激してしまった!

ヤクーザ(ジャパニーズ・マフィア)というのは特定の一派の名称なのか?それともマフィアの総称なのか?、ヤクーザはマフィアと言うからにはドラッグを扱っているのだろうが、他には何をしているのか?、誰がヤクーザなのか、どうやって見分ければよいのか?、一般人はヤクーザを見たら急いで逃げなければならないのか?と質問攻めにされるはめに。

私たちもひとつひとつ、真摯に回答する。ヤクーザは総称で、ドラッグの他には売春なども斡旋していて、見るからに派手なスーツを着ているからすごく目立つよ、ヤクーザは一般人を襲うことはないから大丈夫だ、などなど。するとパト夫妻は、「チリにはギャングはいるけど、ヤクーザのように組織化されてはいないわね」と話し、「やはりそれは細長い国だからか?」と、夫が的を得ているのかいないのかよくわからない質問をした。(それにしても、せっかくならもうちょっとまともな日本文化を紹介したかったのに…ああ、失敗!)

それから、私たちが日本人だということで自然と津波の話題になった。チリでも2010年に大地震と津波があって、そのときに政府が避難勧告を出すのが遅すぎたために大きな被害を出したのだ、と教えてくれた。2011年に日本で震災が起きたとき、チリではすぐにその影響力を調べて海を越えてやってくるかもしれない被害に備えていたのだ、とも。地球の反対側に位置しているのに、互いの国の地震や津波が大きな影響力を持っている。案外、近い国なのかもしれない。

そんなことをしみじみ考えながらも、好奇心旺盛で語学堪能な彼らは、食事のあいだに次々と日本語を覚えていく。2時間で彼らがマスターした単語は、「こんにちは」、「ありがとう」、「トモダチ」、「乾杯!」、「さよなら」、そして「ヤクーザ」!

私にとって、一気にチリへの親近感が湧いた出会いだった。パトさんは終始、チリなんて誰も知らない国だよ、と遠慮がちに言っていたけど、もっと知ることができたら互いの国の文化も痛みもわかりあえる気がする。もっと多くのことが「知らない国の知らない出来事」なんかじゃなくなれば、もっと多くの人が一緒に幸せを作っていけるんじゃないかな、なんてことを思った夜だった。