2012年12月31日月曜日

カーシェアリング

渡米前から夫婦で決めていたことのひとつに、マイカーは買わずにカーシェアリングを利用する、ということがあった。夫婦二人での生活にはそこまで車は必要ないのではないか、住まいから徒歩圏内に何軒かスーパーマーケットもあることだし、と。

UCバークレーの周辺ではZip Carというカーシェア会社の車をよく見かけたので、私たちもあの車に乗るのね、と思っていたらUC villageではCity Car ShareというNPOと契約を結んでいることがわかり、そちらを利用することに。UC villageでは敷地内に2台の車が用意されている。車種はトヨタのプリウスと、サイオンのXBという車。


申し込みはホームページから。いつものように(?)夫の代わりに私が手続きをする。申し込み画面で「大学生」であるというボタンをクリックすることがコツ。そうすると学割がきく!(通常なら年会費50ドルと月会費10ドルがかかり、あとは利用時間に応じて料金が加算されるところが、学生だと月会費が無料になるうえ、最初の2時間は無料になるサービスが受けられる)あとは、やはりいつものように個人情報を入力して送信。
すぐに登録したメールアドレスに返信がくる。「受付完了したので、下記のURLをクリックしてね」と書いてあるのでクリックすると、いきなり乗車にあたってのガイダンスが始まってしまった。あれ?これって私が見ても意味ないんじゃ…と思いながら、予約の仕方や車のロック解除の方法、電子キーの使い方、Gas Card(ガソリンの補充は利用者が行うが、ガソリン代についてはCity Car Shareが負担する仕組みで、その際に使うクレジットカードのこと)についての説明などを学んでいく。ところどころ、小テストまであるのでまじめにやらないといけない。こうして10分後、私はいつでもCity Car Shareを利用できるだけの知識を手に入れた。免許ないけど。
その後、再びメールが送られてきて、必要な書類の提出を求められた。必要なのは、カリフォルニア州の運転免許証のコピー(なければ自国の運転免許証のコピーと国際運転免許証のコピーの2つ)と学生番号が確認できるもの。夫はカリフォルニア州の運転免許を持っていなかったので、日本の運転免許証と国際運転免許証、それから学生証を写真に撮ったものを添付してメールで送り、正式に申し込み完了。日本から持ってきた英文の無事故・無違反証明書は出番なし…。
後日、電子キーが郵送で(普通郵便で送るのって、無防備すぎない?!)届き、予約用のIDももらえたので、さあこれでいつでもドライブできる♪…というのが数ヶ月前の話だった。その後夫は学業が忙しく、車の運転にまで手がまわらないというのが現状だった。12月半ば、冬休みに入りようやく夫が運転に取り組んでくれることになったので、これからは少し遠くまでおでかけできるかな、と楽しみにしている他力本願な妻。(だってみんながChaiは鈍くさいから運転はやめろって言うから!)

プリウスを密かに愛車にしようと企んでいる

2012年12月23日日曜日

人間万事、塞翁が馬


人生、何が幸せに転じるものなのか、つくづくわからないものである。いま私はちょっとした転機を迎えていて、そもそものきっかけは例の変質者だった。(その後の警察の対応は素晴らしいもので、私は通報してよかったと思っている。どんな対応があったのかについては、いずれ詳しく書くつもり)

はた迷惑なその男に遭遇したあと、この不運を打開したい!と家中の掃除にいそしみ、「1人とんでもない人に出会ってしまったので、私がこれから先に出会う10人はめちゃめちゃいい人たちであって欲しい」という煩悩を込めながら魔除けにホワイトセージを焚いた。トイレの神様(?)にも、「私はそこそこ苦労してきたと思うので、そろそろいっぱいの幸せが欲しいんですけど」と訴えてみた。その欲望が天に届いたのか、以前から天が定めていたレールに乗っただけなのかはわからないけど、おかげでソーシャルワーカーの紹介でUC villageで活動する環境保護団体との縁が生まれたという、まさに縁は奇なものなり。

2012年に発足したという小規模なグループだけど、多国籍なメンバーで構成され、みな第一言語が英語ではないというchallengingな条件下で情熱的に活動している。子どもたちへの環境教育(自転車に乗ろう!というイベントや読み聞かせによる啓蒙活動)を行ったり、住民の意識改革のために会議を開いたり、提携している50世帯に家庭訪問をして消費状況の調査をしたりしている。ほかには子どもの洋服やおもちゃの交換会を主催するなど、さまざまな手段で環境保護を訴えている。2011年に団体の立ち上げに着想し、UCバークレーから正式にNPOとして承認されて助成金をもらっており、決して主婦たちのお遊びではないのだ。

リーダーの話によると、UC villageには約1000世帯が住まいながらも、電気・ガス・水道の使用メーターがたった一つしかないのだという。そのため各家庭は自分たちがどれだけの消費をしているのか知る術がない。そしてたとえどれだけ無駄使いしようとも家賃(光熱費代も含まれている)は変わらないので、住民の省エネやエコに対する意欲を駆り立てにくいという環境なのだ。また、ここを訪ねた人ならきっと誰もが驚愕するであろう、ごみ捨て場の惨状も放ってはおけない問題のひとつだ。生ごみの山を見ては、UC village内には畑もあるのだしコンポストがあればいいのに、とため息をついていたのだけど、グループの先人たちの努力によって来年の春に導入されるという話を聞き嬉しく思っている。

私は環境教育に興味があるので、重曹とお酢(それと、もしバークレーで純石鹸が手に入るのならこちらも推奨したいと思っているのだけど、これは要調査)を使った環境に負荷をかけない掃除(eco-friendly cleaning)を住民に紹介することを自分の最初の活動にしようと思っている。グループから住民へメール送信するnewsletterに掲載する記事をこの年末年始に練る予定。ゆくゆくは、UC villageから出たごみが処理される過程を調べて住民にプレゼンテーションしたいとも思っている。

大学で環境保護と法政策について学んだこと(卒業論文のテーマは水の汚染だった)、大学時代に子どもへの読み聞かせ活動をしていたこと、最初に就職した先で会計の仕事をしたこと(リーダーからは会計の経験があることを喜ばれている)、転職先で外国人たちと共に働き英語で仕事をしたこと。そうした私の過去のひとつひとつの点がこれから、一本の線になろうとしている。

バークレーに来てから人生に追い風が吹いているかのように、小さなトラブルはあっても人間関係に恵まれ楽しい日々を送っている。このmulticulturalな環境で、社会に携わる活動をしたいというポジティブな思いが湧き上がってきていて、今の自分の背中を押してくれている。

2012年12月19日水曜日

オペラ「トスカ」


サンフランシスコにあるWar Memorial Opera Houseにてプッチーニの「トスカ」が上演されると聞き、夫と足を運んだ。

「トスカ」は恋愛をめぐる悲劇で、劇中歌の「歌に生き、恋に生き」があまりにも有名なオペラ。私がこの曲を初めて耳にしたのは小学校低学年のときで、ビールのCMに使われていたのを一度だけ聞いたのだった。その旋律やソプラノ歌手の声に衝撃を受け、それ以来ずっと忘れることができず、あれは誰の何という歌なのだろうと悶々としていた。10年近く経って、ソプラニスタの岡本知高さんのCDを聴いていたときにやっと念願叶って曲名にたどりつくことができた、という思い入れのある曲なのだ。

バスと地下鉄を乗り継いでCivic Centerという駅へ。到着したのは18時過ぎで、外はすでに暗くなっていた。着いてからまずは食事をしよう、とあたりを歩いたのだけど、Burger KingやSubwayなどのチェーン店がちらほら目につくくらいで、この辺はオフィス街だから仕方ないのかな、と諦めムードになる。すると角を曲がったところで「ベジタリアン」の文字が目に入り、見てみるとインド料理屋さんがあって、お客さんでかなり賑わっていて雰囲気もよい。迷うことなく入店。メニューには肉や魚は一切含まれず、アルコールも置いていないというストイックぶり(ケーキは置いてあったけど)。サフランライスとひよこ豆のカレーとラッシー(ローズの風味がした)を頼んでみたらとってもおいしくて、当たりのお店だった!(お店の名前を控えておけばよかった…)夫と「絶対にまたここに来よう!」と誓い合う。

オペラは20時開演なので、夜道をてくてくと歩く。このエリアにはLouis M. Davis Symphony HallやCity Hallといった美しい建物が並び、ライトアップされている。おまけに街灯も充分な数があるので夜でも怖くはない(「地球の歩き方」には、Civic Center駅の周辺は日没後には治安が悪くなると記載されている)。ホームレスはたくさんいるものの、通行人にからんでくるようなことはなかった。

会場に到着すると、豪華な建物に圧倒される。外観には細やかな彫刻が隅々まで施されているし、内装はシャンデリアに赤絨毯で気後れしてしまいそうになる。中には見るからに敷居が高そうなレストランまで併設されていた。正装したご婦人方がワイングラス片手に談笑している様子を遠目に見つつ、自分たちの席を目指す。いつものように最上階の隅という控えめな席なので、エレベーターでどんどん上へと上がっていく。そうして着いたのはいいのだけど、座席を探すのにひと苦労。なぜかというと15番の隣が通路を挟んで137番とかになっているので、いったいどういう配置になっているのだろう?と思いつつあちこち移動しながらやっと見つける。席を探しているうちに上演時間になったため場内の照明が落ちてきて座れなくなってしまう人も結構いたので、これはもうちょっとわかりやすくして欲しいなと思う。

舞台の上に小さなスクリーンがあり、上映中はそこに英語で字幕が表示される。私たちの席からはかろうじて読めるかどうかという感じだったので、せっかく観劇するのだから双眼鏡でも持ってくればよかったなと少し後悔。

上演中以外は撮影OKだったので、中の様子を撮ってみた。


舞台演出にも衣装にもこだわっていて、非現実感を楽しむことができて満足。生で聴く「歌に生き、恋に生き」には鳥肌が立ってしまった。窮地に立たされたトスカが神に救いを乞う歌詞が胸を打つ。旋律も美しくてやはりとても好きな歌だな、と思う。

War Memorial Opera Houseの外観 

2012年12月11日火曜日

Citibankのその後


今年の8月にCitibank N.A.で口座開設して以来のことを書いていなかった。結局、授業料の納入は期日に間に合ったのか?というあたりは、実はとっても恥ずかしい経緯があったので沈黙を保っていたのだけど、今年の恥は今年のうちに晒しておこうという前向きな?気持ちになったので公開してみようと思う。まるで参考にはならないけど、こんな人たちでもアメリカで生きていけるんだという励ましにでもなればと思っている。

ときは8月上旬(渡米直後)、Citibank N.A.にて夫婦共同名義で当座預金を開設できた。口座開設時に夫が学生であると告げると、口座維持手数料やATMを利用するときの手数料が一切無料になったのでありがたい。書類を書いていると、私のことも「学生」と書くように銀行員から言われる。「私は違うんだけど…」と言うと、手続き上だけの話だから大丈夫よ、と言われる。身分詐称とかにならないのかな?と思ったけど、銀行員がそうしろと言うのだからたぶん大丈夫なのだろう。今のところ何の問題も起きていない。

口座開設後、次にやるのはCitibank Japanにて海外送金先登録という手続きを行うこと。これをやらないとCitibank Japanの口座からCitibank N.A.の口座へお金を振り込むことができないのだ。

Citibank Japanのホームページから申込用紙を印刷できるので、記入を済ませたら郵送で日本へ送ることになる(ファックスやEメールでの申し込みは受け付けていないので)。このとき私たちはホテル暮らしだったので、プリンターを持っていなかった。申込用紙をUSBメモリーにダウンロードして、コピー屋さんに行ってUSBから印刷するというちょっと面倒な手順を経なければいけなかった。そしてとにかく急がないと!という思いで(授業料の納入期限はこの時点であと10日後に迫っていた)、FedExのオフィスまで行って書類を送った。送料は85ドルほど(約6,800円)高い、高すぎる!でも背に腹は変えられない!

それから毎日Citibank Japanのホームページで、送金先が登録されたかどうかチェックしていたのだけど、いつになっても反映されない。次第に焦ってくる私たち。Citibank Japanにこれで何度目かの電話をかけて質問してみた。書類を受け取ってから通常は何日くらいで手続きが終わるのか、と。返ってきた答えは「2~3日以内」というものだった。それ以上待っているけど反映されない、と訴えると「書類に不備があったのではないか?たとえば届出印の不相違など」と言われてしまった。何か不備があったかしら…?と思っているとCitibank Japanから書類が返送されてきて、別添の手紙には「届出印と申込用紙に押した印鑑の不相違」のため再提出が必要だと書かれていた…。(ねえ(^_^;)届出印はこの印鑑に間違いないってあなた言ってたよね?あれ?聞いてる?お~い…)

この時点で納入期限まであと2日。どうする?とテンパる妻に夫が一言。「支払いシステムにはきっとタイムラグがあるはずだから、とりあえず支払い手続きをやってみよう!」インターネットで支払い手続きをしてから実際に口座から引き落とされるまでに日数がかかるだろうから、その間に送金先登録が間に合うかもしれないという。いったいどこでそんな悪知恵を身につけたのだろう?と思いつつおそるおそる支払い手続きをしてみる。すると…「Paid.(支払い済み)あなたの支払いは完了しました」というメッセージが表示された。「?!」いいの?私たちの口座(Citibank N.A.)は預金0ドルなんだけど、18,000ドルも支払ったことにしちゃって本当にいいの?!

その後再びコピー屋にて申込用紙を印刷し、今度は日本から持ってきた印鑑3種類を全部押印して(届出印がどれだかわからないと言ったらこうするようにCitibank Japanの人に薦められた)、今度は郵便局から速達で送った。送料は27ドル(約2,160円)。そして連日、Citibank Japanのホームページにて登録されたかどうかを執拗にチェック。早く、お願いだから早くして~!

それにしても悪事というものはばれるものである。納入期限から3日後。大学から夫へメールが届いた。あなたの授業料の支払いが確認できませんでした、1ヵ月以内に延滞金を含めた総額を振り込んでください、と。え、延滞金…(>_<)

そしてCitibank N.A.からも夫宛てにメールが届いた。連絡が欲しい、とだけ書かれていたので、すわ口座閉鎖のお知らせか?と怯える私たち。低姿勢で「あ、どうも。実はちょっと問題が起きてしまって。日本からの送金が遅れてるみたいで、えっと、1週間くらいで解決すると思うんですけど。すみませんね」と返信する。それに対する返事は「No worry. Enjoy your days.」というカジュアルすぎるものだった。副店長からのメールだというのにMr. もBest regardsもなく、ビジネスメールの体裁すら整っていない。しかも新規顧客への単なる挨拶だったという…。大丈夫だろうか、この国は。

その後、待てど暮らせど送金先が登録されない。いったいどうしたのか。持っている印鑑は全部押したし、その中のどれか1つが合っているはずなのに…と思っていると、再びCitibank Japanから書類が返送されてきた。「届出印に一部欠けが見られるので、再度捺印のうえご返信を」と書かれている。まさかと思って書類を見てみると、3種類の印鑑のうち1つだけ、用紙の端にかかって欠けている。印鑑を押したのは私…。己のうっかり加減にがっくりと膝を突く。とりあえず届出印を突き止めることはできた、と自分を励ましつつ印鑑を押しなおす。どうせもう延滞金を払わないといけないんだと血の涙を流しながら、今度は普通郵便で送った。送料は1ドル5セント(約84円)。

そしてようやく送金先登録が完了し、期限から2週間遅れで授業料を納入。延滞金は468ドル、その後Citibank N.A.にも悪事が露見して罰金34ドルを課せられ、合計で502ドル(40,160円)の痛い出費となった!

みなさん、留学するときは、できれば授業開始の2週間前くらいには引越しして生活の基盤を整えておきましょう(夫は授業開始の2日前まで日本で仕事をしていた)。そして契約時の届出印はきちんと把握しておきましょう。…って、こんなことするのは私たちくらいだと思うけど。

2012年12月5日水曜日

意外と日本に近いチリ


このごろは国際交流が続く。今度はチリ人のクラスメイト(通称パトさん)からお夕飯に誘われた。ぜひご一緒しましょう!と返事したのはいいものの、チリという国について恥ずかしながらほとんど知識がない…。食生活は、文化は、歴史はどんなものなのか?あわててインターネットで検索する。ああ、手土産には何を持っていこう?

食文化はどうもお肉とワインが中心、地域によっては魚介類も食す、ということがわかって、うーん肉じゃがはどうだろうと悩む。そんなとき、実はパトさんの奥さんがご懐妊中で、かなりお腹が大きいという情報を夫から得て、たちまち狙いを「妊娠後期の女性におすすめの料理」に定めなおす。妊娠後期に必要な栄養素は、鉄分にカルシウム、食物繊維にビタミン…要するに全部だよね(^_^;)?と行き詰る。考えがまとまらないままスーパーマーケットをさまよい、山積みになっていたサツマイモを見て、これなら美味しいしビタミンCも食物繊維もあってよさそうだと買って帰り、ケーキを作って持っていくことにした。(これが奥さんにとっても喜ばれた。「食物繊維?私にぴったりね!夫にはあげないわ、私が一人で全部食べるの♪」と。)

パトさんの自宅には、チリの自然や家族の写真がたくさん飾られていて、立派な国旗も掲げられていた。故郷を離れて学ぶ同志として胸が熱くなる(私は学んでないけど)。リャマの写真を見つけて思わず「リャマ!」と言うと、よく知ってるね、と驚くパトさん。間欠泉の写真には「これ、日本にもあるよ!」とはしゃぐ私たち。チリにも温泉があるらしい。パトさんが温泉卵の説明をしてくれたので思わず笑ってしまう。(あ、やっぱりみんな同じことをするんだ!)

食前に軽くつまめるスナックを出してくれた。夫がはまっているトルティーヤと、「セサミ・スナック」というもの。このセサミ・スナック、どう見ても胡麻せんべい。食べてみても、やっぱり胡麻せんべい。夫と顔を見合わせる。「これって、せんべいだよね?」はて、チリの食べ物は日本と似ているのだろうか?(セサミ・スナックにはクリームチーズを塗って食べるのがチリ流。)

その後いよいよ、奥さんの手料理をごちそうになることに。チリの伝統的な料理よ、といって並べてくれたのが、ひき肉の上にコーンクリームを重ねてオーブンで焼いたもの。これが、日本人の舌になじむ味つけでとってもおいしい!薄味で食べやすくて、それほど油っこくもない。それから、ほうれん草とクルミを使ったサラダとトマトを使ったサラダ。デザートには手作りのレモンケーキ、と身体によいメニューが続いた。チリの料理がこんなに日本食に近い味つけだなんて、想像もつかなかった!

食事をしながら、会話が進む。パトさん夫妻は若きインテリご夫婦で、とっても流暢に英語を話す。南米の人の英語もなかなか癖があって私にはハードルが高いのだけど、このお二人にはほとんど訛りがないので驚いた。チリで弁護士をしていたという奥さんは、昨年UCバークレーのLaw Schoolを卒業し、今度は入れ違いにパトさんがUCバークレーの公共政策学科に入学することになった、という優秀すぎるご夫婦。この二人の間に生まれる赤ちゃんはさぞや素晴らしい遺伝子を引き継いでいるに違いない!

ふと話題が銃のことになったときに(この前地下鉄の駅で、警察がちょっと行動が不審だっただけの人を射殺してしまった事件があったんだよ。信じられないよね?とパトさん)、「日本ではどういう人が銃を持っているのか?」という質問をされて、私は何気なく「うーん、警察とヤクザかな」と答えてしまった。すると、初めて耳にした「ヤクザ」という単語が、二人の知的好奇心を思いがけず刺激してしまった!

ヤクーザ(ジャパニーズ・マフィア)というのは特定の一派の名称なのか?それともマフィアの総称なのか?、ヤクーザはマフィアと言うからにはドラッグを扱っているのだろうが、他には何をしているのか?、誰がヤクーザなのか、どうやって見分ければよいのか?、一般人はヤクーザを見たら急いで逃げなければならないのか?と質問攻めにされるはめに。

私たちもひとつひとつ、真摯に回答する。ヤクーザは総称で、ドラッグの他には売春なども斡旋していて、見るからに派手なスーツを着ているからすごく目立つよ、ヤクーザは一般人を襲うことはないから大丈夫だ、などなど。するとパト夫妻は、「チリにはギャングはいるけど、ヤクーザのように組織化されてはいないわね」と話し、「やはりそれは細長い国だからか?」と、夫が的を得ているのかいないのかよくわからない質問をした。(それにしても、せっかくならもうちょっとまともな日本文化を紹介したかったのに…ああ、失敗!)

それから、私たちが日本人だということで自然と津波の話題になった。チリでも2010年に大地震と津波があって、そのときに政府が避難勧告を出すのが遅すぎたために大きな被害を出したのだ、と教えてくれた。2011年に日本で震災が起きたとき、チリではすぐにその影響力を調べて海を越えてやってくるかもしれない被害に備えていたのだ、とも。地球の反対側に位置しているのに、互いの国の地震や津波が大きな影響力を持っている。案外、近い国なのかもしれない。

そんなことをしみじみ考えながらも、好奇心旺盛で語学堪能な彼らは、食事のあいだに次々と日本語を覚えていく。2時間で彼らがマスターした単語は、「こんにちは」、「ありがとう」、「トモダチ」、「乾杯!」、「さよなら」、そして「ヤクーザ」!

私にとって、一気にチリへの親近感が湧いた出会いだった。パトさんは終始、チリなんて誰も知らない国だよ、と遠慮がちに言っていたけど、もっと知ることができたら互いの国の文化も痛みもわかりあえる気がする。もっと多くのことが「知らない国の知らない出来事」なんかじゃなくなれば、もっと多くの人が一緒に幸せを作っていけるんじゃないかな、なんてことを思った夜だった。