2012年10月24日水曜日

How to おそうじ


新居に越してから2ヶ月近くが経ち、そうじについてようやく自分なりのやり方を確立できた。
床部分はマイクロファイバーのタオルで水拭きしている。Bed Bath & Beyondというホームセンターのようなお店で10枚入り9ドルくらいで購入したもの。これは掃除以外に、食器を拭くのにも使えるし、メガネのレンズやパソコンの画面のほこりなどもよく取れるので重宝している。日本にいたころに使っていた「げきおちくん」に似ていると思う。

他方、部屋の大部分を占めるじゅうたんをどうやって掃除しようかと悩んだ。アメリカの掃除機はとっても評判が悪いのでできれば買いたくないなと思っていた。日本にいたときは畳敷きの部屋だったので堅く絞った雑巾でよかったのだけど、じゅうたんだと他に手段は…?

以前どこかで、ゴム手袋でじゅうたんを撫でるとゴミがとれると読んだことがあるので、しばらくは地道に這いつくばってやっていた。(これがかなりの重労働なのに、大してごみも取れず、おまけに摩擦でゴム手袋が破れるという悲しい結末に…)やっと、ダイソージャパンで粘着テープ式のコロコロクリーナーを手に入れたので、入居以来初の大掃除をしてみたら、けっこうな量のごみがとれた。これだと使用済みテープが毎回ごみになるからベストな方法ではないかもしれないけど、アメリカの掃除機を買って掃除機自体がごみになってしまう(重い、でっかい、吸わない、すぐ壊れるという噂!)よりは、と自分を納得させている。

実は、浴槽のそうじが一番頭の痛い問題だった。日本にいたときより汚れが落としづらくて苦労していた。浴槽の材質の違いなのか、はたまた水道水の性質の違いなのか、見た目には汚れなんてないのに、スポンジでこするとどこからか黒い消しゴムのカスのような汚れが出てきて、これがガムかと思うほどの粘着力で落とせない!市販の洗剤でも全然落としきれないので、浴槽を見るたびにモヤモヤした思いが募っていく…。

ホテル暮らしのときもこれを体験していた。もちろん毎日スタッフが清掃してくれるし、部屋の他の部分の清掃状態を見る限りではプロ意識を持って掃除してくれている。洗剤を使って浴槽を掃除している姿も目にしているのだけど、どうも水垢を落としきれないようで、ザラザラとした質感が残っていて不思議に思っていた。

インターネットで調べてみると、どうもアメリカの水道水が硬水だから水垢が落としづらいらしい。洗剤についていろんな方が情報提供してくれているのだけど、これといった効果のあるものはないらしく、みな妥協しながら生活しているようだった。

ところが、偶然良い方法を見つけてしまった!いつものように汚れと格闘していて、全然落とせないのでついに嫌気が差した。そしてヤケになって、いつもは入浴時にひとつかみ入れている塩を、「穢れには塩だ!」とばかりに浴槽にぶちまけて(?)こすったらポロポロと簡単に汚れが取れ、べたつきもない。今までの苦労は何だったのかと思うほどあっさりときれいになった。あれ?何か知らないけど道が開けた?(*_*)

これはたぶん、塩の成分が効くというよりも、研磨剤のような効果(粗塩を使っているので)を果たしているからじゃないかと自分なりに推測している。例のおそうじ相談サイトでは、「水垢は紙やすりで削れ!」派と「紙やすりは浴槽も削るからダメだ!」派が争っていて、私のように塩を試したという人は一人もいなかった。2週間以上続けているけど、今のところ特に弊害は出ていないので今後も続けてみようと思っている。もしある日浴槽が削れていることに気づいたら追加レポートするつもり…まあ、たぶん大丈夫…。

2012年10月18日木曜日

亡き子を偲ぶ


十月という月は私にとって、一生忘れることなどできない悲しみが心に刻まれた月。
今月、息子の一周忌を迎えた。ささやかなお供えをして、近況報告をした。

私には息子がいる。一年前、産声をあげることなく産まれてきた。息子は私の病気を治すために来て、その使命を果たしたので旅立った。医学的な因果関係は証明できないけど、私はそう信じている。

私は脳外科手術が必要な病気を抱えていて、いよいよ手術しようというときに息子がおなかにやってきた。そしていくつかのアクシデントを経て亡くなり、その後で私の病気が治ってしまっていることが判明したのだ。妊娠中はもちろん薬など一錠も服用していなかったのに、MRI検査も血液検査も結果は正常となっていた。

当時は本当に打ちのめされ、もう生きていけないと思った。(今でも、火葬場で息子を見送ったときの気持ちを寸分違わず思い出すことができる。)だけど同時に、息子が何のために亡くなったのかもよくわかっていた。だから生きていかなければいけないと思った。
息子には息子の持つ宿命があり、彼が自分で決めた理由で宿り、帰っていくという選択をしたのだ。だから私はそれを尊重したいと思っている。

週数が経ってからの死産だったので、息子はおなかの中ででそれなりに育っていた。亡くなったあと、まるで意思を持っているかのように自ら陣痛を起こして産まれてきた。夫にそっくりな顔をして、にっこりと微笑んでいた。

亡くなったあとも、息子は姿を変えて会いに来てくれている。あるときは小さなトンボになり、またあるときは通りがかりの小さな男の子になって。
こんな話は、子どもを亡くした人にとっての気休めかもしれない。だけど、息子と私はどこかでつながっていて、また帰ってきてくれるような気がしてならない。今はそれまでの短いお別れなんだと信じている。

「お子さんは?」と聞かれたときは、心のなかで「います」と答えている。
私には息子がいて、今は訳あってよその世界へ留学しているんです、と。

2012年10月12日金曜日

サンフランシスコでお買い物


先日サンフランシスコに行ってみた。と言っても今回は買い足したいものがあったので買い物メイン、海沿いのいかにも観光地らしいエリアには行かなかった。

最寄りのバス停でAC Transitバスに乗り、地下鉄BARTに乗りかえる。この電車に乗るのはアメリカにやってきたとき以来。サンフランシスコ空港からBARTを見たときはデザインからして貨物列車だと思っていて、そのすぐあとにまさか自分がこの電車に乗ることになるなんて思いもしなかった(^_^思わず「これ、人が乗るんだ?!」と言ってしまったのを覚えている。

さて、買い物の話を。夫の思いつきでPowellという駅からジャパンタウン(紀伊國屋書店やダイソーなどがある日本街)に向かって歩くことになって、その区間はバスも通っているというのに40分くらいかけててくてく歩いた。O'ffarel通りをたどっていったけど、ここって本当に観光地?と思うほど道路が汚くて、鼻をふさぎたくなるようなひどい悪臭が漂い、ガラの悪そうなホームレスがうようよしていた。信号待ちで立ち止まるたびに、ホームレスが物色するような目で私たちを眺めるので気が気ではなかった。「まだ?まだ?」何度も地図を見ながら早くジャパンタウンに着いてほしいと焦った。

やっとVan Ness通り(ジャパンタウンの近く)にぶつかると、がらりと様子が変わって治安がいいエリアに入ったことが一目でわかり、ほっとした。帰ってから「地球の歩き方」を読むと、O'ffarel通り(私たちが歩いたTenderloinというエリアは特に)はサンフランシスコで最も治安が悪い、と書かれていてやっぱり!と納得。午前10時にしてあの雰囲気を放つというのはただならぬ感じ。それにしても無知って怖い。

数日後、サンフランシスコが全米で汚い街11位に格付けされたことを新聞で知ったけど、これには異議なし!参考までにいうと1位はニューヨークということだった。

紀伊國屋書店では1階に漫画、2階にそれ以外の書籍や雑誌などを置いていた。久しぶりに日本語の本に囲まれ、ついつい長居してしまう。タイミングよく、文庫本3冊で15パーセント引きキャンペーンというのをやっていたので迷いながら3冊選んだ。輸送料込みなので、確かに値段は高い。日本で売られている価格の1.5倍くらいか。

ジャパンタウンにはお土産屋さんが多かったので、ひととおり見てまわった。白人が多かったのは、やっぱりここも観光地のひとつだからだろうか?獅子脅しを探しているという女性やお香について店員さんに教えを乞うている夫婦など、オリエンタルなものに憧れている人々を見ると内心嬉しくなってしまう。お土産品は日本人からすると「うーん…どうも違うのよねぇ」と言いたくなってしまう代物ばかりだったけど。(ニンジャ・ブーツなんて名前の奇抜な長靴とか!)

ダイソーで念願のレモン搾り器(我が家はこちらに来てからすっかりレモネードにはまっている)を見つけ、夫は私が目を離したすきに、どういうわけかバドミントンセットと縄跳びをレジかごに入れてしまった。どうやら、学業のストレスでアメリカン・スナックに逃避し目下増量中の夫が、運動で健康を取り戻すつもりでいるらしい…。

そこからちょっと歩いて、フィルモアストリートというショッピングエリアへ。私の目当てのL'Occitaneに行く。乾燥にすっかり悩まされていたので、ホームページでチェックしておいたボディクリームを買う。ふと固形石鹸が目に入り、石鹸好きとして思わずこれも買ってしまう。

ちなみにフィルモアストリートでは、店先に犬のえさ箱に水を入れたものを置いているお店が多い。見ていると犬を連れてお散歩しながらふらりとカフェに立ち寄ったり洋服屋さんに入ったりするお客さんが多く、連れのワンちゃんは店先でお水を飲んで休憩したり一緒に店内をまわったりしている。お水を置いているお店は犬の同伴OKというサインらしい。犬連れにやさしい(ただし坂道は厳しい)ショッピングエリアというところかな。

それから、Powell駅前のWestfield San Francisco Centreに行った。ここはショッピングモールのような感じで日本でもおなじみのブランド店などが集まっている。夫のお目当てのBOSEのヘッドフォンを買い、ぶらぶらとモール内を歩いていたらL'Occitaneを見つけてがっかり!ああ、せっせと坂道を登っていったというのに…。

何軒か洋服屋さんをひやかして気づいたのは、日本では警備員がモール内を巡回するのに、このモールでは各店舗に専属の警備員がいる、ということ。そういえば普通のドラッグストアや1ドルショップのようなところでさえ警備員がいる。犯罪に対する意識がやっぱり違うのね!

今回は観光していないので、いつか機会があれば、ぜひフィッシャーマンズワーフなどに行ってみたい。

2012年10月7日日曜日

自由奔放な住人たち


UC villageにはいくつか規定があって、たとえば「洗濯物を外に干してはいけない」とか「ペットを飼ってはいけない(魚を水槽で飼う、鳥を籠で飼うのはOKだけど、それ以外の犬や猫などは禁止)」というものがある。

でもこれ、実はあまり守られていないのが現状。洗濯物は見たところ半分以上の家庭で外干ししているし(我が家も)、なかには共用スペースのベンチやテーブルの上に布団を干すツワモノまでいる。また、欧米人は乾燥機を使うのが一般的で洗濯物を外に干さないと聞いていたのだけど、皆さん思考が柔軟なのか、外干しに転向している。

あとペットを飼っている人が意外と多くてびっくり!家から堂々と犬とともに登場し、散歩を始める人たちを両手では数え切れないほど目撃した。ベビーカーを押しながら犬をリードでつないで散歩させているお父さんとか、庭に燦然と犬小屋を置いて大型犬を飼っている家庭とか、なんとも自由な感じ。villageのごみすて場にペットフードの袋が捨てられているのを見て「?」と思っていたけど、こういうわけか、と納得。

他に面白いなあと思う規定は、「他人の子どもを勝手にしつけないこと。注意したければその子の親に話を通すように」というもの。確かにこれだけいろんな国の人たちが住まうと、文化と文化のすれ違いも多いだろうから無理もない。きっと過去になにかトラブルがあったのだろう…。

「騒音トラブルについては、まずは本人同士で穏やかに話をつけること。それでも改善しなかったときにはvillage officeへ連絡すること」というのは、そうか、officeの人も大変なのね、お疲れさまです、と言ってあげたいけど、普通はまず第三者を介するものなんじゃ…?これって、血の気の多い事件とかに発展しないかな(^_^;)

騒音については最近まで我が家も頭を抱えていた。入居したその日の夜、うちの部屋の床や壁、天井にまでズシーン、ズシーンと振動が走るので地震かと思ったら、階下の人が流す音楽だと気がつき、それが始まりだった。階下の住人はヒップホップだけならまだしも、同じフレーズをマントラのように繰り返すトランスミュージックを爆音で1時間以上、朝・昼・深夜を問わずかけるのですっかり参ってしまった。ときどき感極まった彼が魂の求めるままにシャウトしてしまうからたまったものではない。しかし人間の順応力って不思議なもので、だんだん「あれ、これって結構いい曲なんじゃない?」と洗脳されてくるので危ない危ない。

夫婦でいろいろと憶測した。ああいう音楽を好むのは黒人じゃないか、いや偏見はよくないよ、意外と日本人かもしれない、…絶対ないよ(-"-)聞いている音楽からして何か怪しい宗教に入っているんじゃない?だって8月なのに外にクリスマスリース飾ってるんだよ?そもそも本当にバークレーの学生なんだろうか?もしかして勝手に住み着いたんじゃ…、etc.

ちなみに実際に確認がとれたのは、彼が黒人で、10月になった今でもやはりクリスマスリースを飾ったままだということ。

結局、お手紙を書いて彼の家のドアにそっと貼ってみようかと話し合っていたあいだに、お隣のインド人のお父さんがこの黒人に注意をし、黒人が見事に逆上したため明け方4時に大喧嘩となってしまった!(1時間にわたる騒ぎで、私は暴力沙汰になったらどうしようとハラハラして携帯電話を握り締めてベランダで聞き耳を立てていた。お隣のおばあちゃんも出てきていた)この黒人の風変わりな理論が炸裂したため話し合いは決裂、後日インドのおじさんがofficeに通報したことで騒音はやっと鳴りをひそめた。

その後、この黒人の家族が引っ越してきた。かわいい女の子が「This is my house!」と嬉しそうに話しかけてきたので、「そうなんだ、いいねぇ、ここがあなたのおうちなんだ」と答えるとはにかんで駆けていってしまった。彼の様子も優しいパパといった風情で以前の騒ぎなんて想像できないほど穏やかだった。きっと家族と離れていて寂しかったのだろう、と夫と意見が一致し、ようやく静かな生活が始まった。

2012年10月3日水曜日

AC Transitバスには期待しない


Berkeley周辺だけでなく、北に位置するRichmond、南に位置するOakland、はてはSan Franciscoにまで展開しているバス会社、AC Transit。車を持たない人は利用せざるをえないのだけど、これがもう、実にストレスフルなバスなのだ!

時刻表とおりには、まず来ない。5分前に行ってしまうこともあれば15分以上遅れてくることもある。都バスのようにバス停ごとに電光掲示板があって「いま2つ先の停留所にいます」などとは教えてくれないので、待っている客はバスがもう行ってしまったのか、まだ来ていないのかわからないまま、とにかく待ち続けるしかない。
ごくまれに電光掲示板が設置されている停留所もあるけど、それもあてにならない。以前私は電光掲示板で「次の72番のバスは62分後に来る」と表示されたので、バスを諦めて徒歩で帰ることにしたのだけど、その3分後に72番のバスが私を追い越していったことがあった。

でもこれには、ちゃんと防御策がある。ホームページでチェックすればリアルタイムでバスの運行情報を知ることができるシステムがあるのだ。さすがにそこは先進国の面目を保っている。このシステムの精度はともかくとして。

もうひとつのストレスは、全体的にみて運転が荒いこと。ブレーキのかけ方、カーブの曲がり方などに配慮がないので、座席に座っていてもどこかにつかまっていないと身体が振り回されてしまう。

最後に、総じて運転手のモラルが低いということもある。私が遭遇したのは、AC Transitの制服を着た女性(かなりの確率でAC Transitの社員と思われる)が乗ってきて、運転手の隣に立ちはだかり、運転手に延々と話しかけ続けていた光景。ちょっと、どうなのよと言いたくなってしまうけど、これはまだ可愛いもの。

またあるときは、運転手がどうも携帯電話で誰かとお話したいようで、バス停で止まると、おもむろに車外へ出て携帯電話で話し始め、数分が経過。「あれ?」と思っていると会話を終えて再びバスに戻り、運転を再開。そして途中で他の乗客がみな降りてしまい、お客が私だけになってしまった。すると、またバスが止まり、エンジンも止まり、運転手はバスを降りてどこかへふらりと歩き出してしまった。「?!」まさか、まさかの職場放棄?!そしてこういうとき、日本的寛容の精神で「まあいいか」とおとなしくしていると損をしてしまうので(と、私は思い込んでいる)、私は運転手を追いかけ、「次のバス停で降りたいの!」と言ってみた。すると黒人のおじさんドライバーは「やだもんね」とは言わなかった。「じゃあバスに戻って」と言い、無事に送り届けてくれた。

なかには、停車ボタンを押しても無視して停車してくれない運転手もいた。すわ日本人差別か?アジア人差別か?と息巻いたけど、白人など他の乗客にも同じことをしていた。どうやら運転手はそのときそんな気分だったみたい。

これはやっぱり、便利で快適に暮らしたいなら自分で車を運転せよ、ということなのか?(そもそも、ここってほんとに先進国?という疑惑がふつふつと沸きあがってくる今日このごろ