2012年8月30日木曜日

San Pablo通りのおいしいお店


カリフォルニア州の一部を南北に走る道路、123号(別名San Pablo Avenue)。この通り沿いに見つけた名店を紹介♪

その1:Acme Bread(アクミ・ブレッド)「地球の歩き方」に掲載されている

週末には行列のできる有名なパン屋さんで複数のレストランとも提携しているらしく、Acme Breadのトラックを街中で何度も見かけるほど。

土曜の朝に行ってみたら、本当に人が列をなしていた。でも中に入ってみてわかったのは、一度に2人までしかお客さんを入店させないシステムだということ。お客さんは陳列棚をみて店員さんに注文し、店員さんがパンを手に取って包んでくれる。

様子を見ていると、車でやってきてバゲットを大量買いしていくお客さんが圧倒的に多い。私たちはアップルタルトとクロワッサンを食べてみた。これが、本当においしい!生地がサクサクしていて、軽い触感でしつこくない。食べた後にも胃がもたれない。パンより断然ごはん派の私でも後日リピートしてしまったくらいのおいしさ。

ちなみに、地球の歩き方にはAcme Breadの隣にCafe Fannyという、こちらも評判の高い喫茶店が掲載されているけれど、このお店は2012年3月に閉店してしまったとか!現在はコーヒーの屋台?みたいなお店が出ている。Cafe Fannyの閉店情報はこの屋台のおにいさんに聞いた。何も買わなかったのに教えてくれてどうもありがとう(^^ゞ


その2:Cafe Leila(カフェ・レイラ)

地元の人ぞ知る名店でランチ時にはつねに満席。中庭もあって雰囲気がいいし、オーガニックなメニューに力を入れていたり、週末にはジャズコンサートを開いたりとお店のこだわりも感じられて素敵。

初めて訪れたときに頼んだ、抹茶スムージーで私はファンになってしまった。人工的な甘味料が使われていなくて自然な甘みを感じることができて感激!
朝7時から開店しているので、後日夫と朝食も食べに行った。私はVegan(ヴィーガンと読む。完全菜食主義を指す言葉)メニューを食べた。おいしかったのでこれからも訪ねることに決定♪


その3:PAISAN Berkeley

イタリアン料理のお店。夫と散策中に見つけ、お店がお客さんでにぎわっていたので「これはきっとおいしいはず!」と見込んで入店。ポモドーロのパスタとアップルウッド&ポテトのピザを食べたけど、本当においしい!きっと質のよいチーズを使っているからかな、と思う。夫も私も実はチーズが苦手なのに、ここのチーズはこってり感も臭いもなくて軽い食べ心地で「また行きたいね~」と話すほど気に入ったお店。

2012年8月28日火曜日

渡米後に役立つ物


今さらだけど、カリフォルニアへ到着後、すぐに役立ったもの

・パーカー
(バークレーは8月でも朝と夕方は寒くなるので必須)

・長ズボン
(到着したとき、膝丈のキュロットではとても寒かった!)

・サングラス
(アジア人なら瞳の構造上ある程度は日光に耐えられるけれど、それでも地面からの照り返しで目が痛くなる。充血したり目ヤニも出たりするので、サングラスはあると良い)

・携帯電話
(私はHana Cell(ハナセル)という日本の会社を利用して買った。アメリカでの住所が決まっていなくても、日本にいるうちにアメリカで使える携帯電話を購入できた。実際に、渡米直後に海外送金のことで日本の銀行に電話をかける必要が何回かあったので本当に便利だった!)

・固形の洗濯せっけん
(私たちのようにホテル暮らしをする場合はあると便利)

必要だけど、アメリカでも買えるもの
・日焼け止め
(ドラッグストアでごく普通に売られている。アメリカでは手に入りづらいと聞いていたけど大丈夫だった)

・はさみ(先述のとおり)


日本から持ってくればよかったもの(渡米直後から必要だったと思う)

・つばが広くて顔を隠せるくらいの帽子(日焼け対策に)
→カリフォルニアは想像以上に日差しが強く、日焼け止めを塗っていても日に焼けて顔が赤くなってしまう。私が日本から持ってきた帽子ではつばが小さくて役に立たず後悔…。近いうちに購入したいところ。

適切な距離


バークレーにいて感じる心地よさ。それは他人と自分との距離。外を歩くと本当にありとあらゆる国の人たちが行き交い、日本人だということが少しも特別視されない。どんな姿をしていようと、どんな服装をしていようと、全然気にかけられないし、自分がどう思われているかなんて誰も意識していないように見える。

それなのに、いざ外国人が地図を広げて立ち止まるとたちまち、「Do you need some help?(お手伝いしましょうか?」と声をかけてくれる。ホテルからホテルへと移動するとき、バスに大荷物を持ち込むとすかさず席を譲ってくれるホームレスの男性。お店で食事をしていると、「Do you visit here ? Or live here? (ここに遊びに来たの?それとも住んでいるの?)」と訊かれて交流はするけれど、決してそれ以上のプライバシーには立ち入らない。

この、近づいてもよいラインをわきまえた親切さや社交の感覚がとても心地よい。

私は日本が好きだし、外国に誇れる文化も技術も国民性もあると思っているけれど、苦手なこともある。それはときおり見られるwetな人間関係と排他性。日本ではたいてい、初対面でも年齢や結婚しているかどうか、子どもの有無、出身地、勤め先まで詳細に訊ねられる。そして私の場合は特に、外見に特徴があるので必ずというほどそのことに触れられる。またあるときは侮蔑を受ける。そしてそれは私にとってとても精神的苦痛を伴う。

こちらでは、誰がどんな意見を持っているのか、そして自分の意見を外に伝えられるかどうか、それを基準に人間を評価している気がする。それはとても公平だし私がずっと求めてきたことの一つのように思う。

また、人間は平等だけど、社会的弱者(子ども、障害を持つ人、英語を第一言語としない人など)については徹底的に理解しようとし、手を差し伸べることは当たり前。決して相手のbackgroundや外見を理由に差別や排除をしてはいけないと教育される。それがアメリカだからなのか、移民の多いカリフォルニアならではなのかはわからないけれど、こういう凛とした姿勢はとても尊敬できる。

2012年8月26日日曜日

マイバッグとはさみのススメ。


バークレーで生活を始め、何度もスーパーやドラッグストアで買い物をする機会があって、思ったこと。

1、アメリカのレジ袋は総じて弱い?
大手のスーパー「TRADER JOE’S」は問題なし、二重になった厚手の紙袋に入れてくれるから。他のスーパーもレジ袋をさらに紙袋で包んでくれたりして、ある程度の強度を保つ工夫をしてくれるので合格。しかし大抵のお店でもらうレジ袋、これは強度の面から見て一体どうなの?と思うほど薄っぺらくて、案の定すぐに破れるのよね…。

私は一度、$1ショップ(日本でいうところの百円均一)でガラス製のボウルを買ったのだけど、そのときに懲りたのでそれ以来日本から持ってきた布製のマイバッグを持ち歩くようにしている。

ちなみにその$1ショップで何があったかというと、レジでガラス製のボウルを受け取った店員さんはボウルを業務用の包装紙で1回くるりと、とてもゆるやかに、ふわっと巻いた。そしてそのままレジ袋に入れた。(当然のことながらセロテープなどでの固定はナシ、プチプチなどの緩衝材でくるむといった高等テクニックもナシ(^^ゞ)

お店を出て歩きはじめると、私にはとても嫌な予感がした。レジ袋の中でのボウルの沈みこみ方が気になったのだ。立ち止まって袋をちらと見ると、すでにレジ袋が破れていてボウルが落ちそうになっている!包装紙は固定されていないのでだらりと伸びきって、もはや単なる紙っぺらが乗っかっているだけ。「えっ…(-“-)」あと少し気づくのが遅かったらたぶんボウルはただのガラス屑になっていたところだった。

買い物をすると、どこのお店でもレジで「Do you need a bag?」と問われるけど、以来、私は「No thank you. I have my bag!」とお断りすることに。エコな街バークレーでは「Good!」と褒められたりするけど、別に環境のことだけを考えているわけじゃないの(^^ゞ

2、もうひとつ気がついたこと。それは…買い物をしてきたら、食べる前にはさみが必要だということ。日本にあってアメリカにないもの、それはお客様への心遣い。(←え?)商品を開けるためのミシン目がない、「こちらからお開けください」がない、はさみがなくても開封できるようにあらかじめ入れてある1~2ミリの切れ目(名前がわからない)がないのだ!だからいちいちはさみで切らないといけないのだ!
日本が細やかなのか?アメリカが大らかなのか?ジャッジは2年後に下る…かも(^^ゞ。

※追記(2013.1.6)
2013年1月1日から、カリフォルニア州アラメダ郡(バークレーやアルバニーを含む地域)では、2000軒以上のお店でレジ袋を廃止することになった。そのためこれからは、買い物客はエコバッグを持参するか、有料の紙袋を購入するか選ぶことになった。

2012年8月24日金曜日

subletとは何ぞや?


サブレットというのは、又貸しのこと。アパートメントでも一戸建てでも、住人が何週間、何カ月間か留守にするときに代わりに誰かに住んでもらうというもの。貸主は留守中に住まいを守ってもらえて安心だし、家賃も払ってもらえるからうれしい、借主はホテルより安く泊まれて家具・家電が一式揃っているので生活しやすくてうれしい、という何とも合理的なシステム。アパートメントの契約書にも、サブレットを可とする条項が盛りこまれていたりもする。

私たちは7月後半になってから、旅行シーズン真っただ中の8月に泊まるホテルを探さなくてはならなかったので、ホテルを見つけるのに一苦労。有名どころのホテルは全滅だし、やっと見つけても数日しか予約がとれない状況に目の前が暗くなる…。このままでは野宿になってしまう!

Subletのことは聞いたことがあったので、この際ダメもとでやってみよう!といくつかのホームページを探しまわった。

U-loopというサイトで3軒よさそうな物件を見つけたので申し込んでみたものの、貸主が休暇に出てしまったのかいずれも音沙汰なし。ある物件には「猫が2匹いるので面倒をみてほしい」とか、別の物件には「ルームメイトがいるのでよろしく」といった条件もあって、楽しそうだなと思っていたので残念。

Airbnbというサイトで可愛らしい家を見つけたので申し込んでみたら、家族寮に引っ越す直前の5日間に予約がとれた。先述したけれど、ここの貸主のご夫婦は本当に親切でとってもよい思い出ができた。(UC villageへの引越も手伝ってくれて、感謝感激!)お金さえあったら、2年間ずっとそこに住んでもいい!と夫と話したほど。

2012年8月23日木曜日

やどかり(宿借り)生活


渡米時には、デルタ航空の手違いで座席のダブルブッキングが発覚!エコノミークラスのはずがビジネスクラスに変更になってラッキー(^O^)/もちろん料金はそのまま。成田からサンフランシスコまで、快適な9時間を過ごせて満足♪

以下、UCバークレーの家族寮に入居できるまで、転々としたホテルの紹介(回顧録)。


1、8月4日~6日 Downtown Berkeley YMCA 
「地球の歩き方 サンフランシスコとシリコンバレー 2011-2012」 に掲載
<感想>雰囲気としては学生寮みたいな感じ(値段が安いためか、実際に学生が多かった)

 ○キッチン共同なので、自炊していると他の宿泊客と会話ができて楽しい
 ○階下にあるジム(プールも)を使えるので、体を動かしたいひとには良いかも

 ×夏休みの時期だったので10代の学生が多いせいか?深夜までにぎやか(^^ゞ、
 ×毎日清掃は入るけど、学生たちのマナー悪し(共同スペースの使い方が悪い…)
  →ちなみにトイレ、シャワールーム、キッチンが共同
 ×インターネット(Wi-fi)接続を謳っているが、実際にはほぼ接続できない…


2、8月7日~8月16日 Berkeley Inn 同じく「地球の歩き方」に掲載
<感想>インド人夫婦が経営する、モーテルみたいな感じ

 ○インターネット(Wi-fi)の接続が断然いい!
 ○キッチンはないけれど電子レンジと冷蔵庫があるので、ある程度自炊ができる
 →San Pablo通り沿いの $1ショップで食器を買い、同じ通り沿いのTokyo Fish Market で食材を調達可能
 ○バスタブがあったので、お湯に浸かれる(注意:シャワーのみの部屋もあるらしい)

 ×大学まで通うことを考えると、交通の便が悪い。バス停から遠い…。
 
<エピソード>10日間も暮らしたのでちょっと思い入れあり。
受付(管理人夫妻の部屋)の真上の部屋に住んでいたので気がついたこと。
毎朝8時ころに、インドのおじさん(接客担当)が何かの宗教的なお祈りをしている。
奥さん(部屋のクリーニング担当)の楽しみはインドのテレビを観ることのようで、夜になるとテレビの音と笑い声が聞こえてくる。ときどきカレーの匂いが漂ってきたり、お孫さんが遊びに来ていたり、深夜や早朝に騒がしい宿泊客がいるとおじさんが怒ったり、親戚のおじさん家にいるような感覚でした。


3、8月17日 Capri Motel

スケジュールを勘違いしていて、17日の夜に泊まる宿がないことに気がつき、3日前にあわてて予約した場所(^^ゞ
こちらは南米出身と思われる一家が経営している。小学校高学年くらいの娘さんが、妹の面倒をみながら両親を手伝って、宿泊客をサポートしてくれている。チェックインするときにフロントに誰もいなくてウロウロしていたり、部屋に入るときのカードキーの操作でまごまごしていると、すかさず可愛い娘さんのフォローが入る。

○バス停から徒歩5秒の近さ
○インターネットの接続がよい!
○部屋が広い(ちなみにシャワールームのみで、バスタブはなし)

×喫煙可な部屋だったようで、荷物にタバコの臭いがしみついてしまった…。申込時に確認すればよかった(/_;)

<追記> 今年に入ってからこのモーテルの前を通りかかったところ、名前が「Knights Inn」 に変わっていた。ちょっと見た感じでは建物の外観は変わっていない。


4、8月18日~22日 一般家庭の部屋を借りる(subletサブレット。又貸しについては後述)
モーテルではなく、部屋の一部を貸し出しているご夫婦のところで5日間暮らした。
これが裕福層の住む地域にある、設計事務所を経営するご夫妻の家でした!

○治安がよく、とても静か
○インターネットの接続がよい
○洗濯機と乾燥機が無料で使える
○家もお庭も、とても可愛い!
○バス停から50メートルの距離

×場所柄、坂が多い
×スーパーマーケットまで少し歩く(ご夫妻は親切なので車で送ってくれた!)

<エピソード>とても親切なご夫婦で、いっぱい話もして思い出たっぷり。
お庭にある苺やトマトをはじめ、生っているものは自由に食べていいよ、うちは農薬を使っていないし、肥料には生ごみを利用しているから安心してね、という素晴らしい環境でした!

2012年8月14日火曜日

肌で感じる危険度


カリフォルニアに来てから不思議に思うのが、治安の良い地域とあまり良くない地域を隔てる、見えざる境界線の存在。誰かが決めたわけでもないはずなのに、角を曲がると、もしくは道の反対側に渡ると、空気が明らかに変わる。そこに住んでいる人々も通りかかる人々も、暗黙のラインを守っているみたいに。これは何なのだろう?

私はホテル暮らしの身の上なので定期的に住処を移動している。UCバークレーの周辺にせよ、San Pablo通りにせよ歩いていると、ある区域から急に本能的に身体が警戒する。「あ、ここは女性が一人で歩いてはいけないのだな」とか「ここは昼間ならいいけれど、日が暮れたら出歩いてはいけないのだな」とか。日本にいたときは東京の中でも治安のよい地域に住んでいたので(参照:警視庁ホームページの犯罪マップ)平和ボケしているかと思ったのに、身体が自然と防御の体勢になる。そのことも不思議だけど。

San Pablo通りは危機探知のよい訓練になっている。大学周辺よりも落書きが多く、路上に落ちているゴミも多い。そしてホームレスも多く、目つきの悪い外国人がたむろする場所もある。San Pablo通り沿いで興味深いのが、地域全体が危険な雰囲気を持っているのではなく、このお店の前は危ないけど、あの店からこの店までの間は大丈夫、などと警戒が必要な場所とそうでない場所が点在していること。幸いにも、外を歩いていただけで危険に遭遇したことは今のところない。

と、これを書いていたまさに今日、ひやりとする出来事があった。

ホテルの部屋をお掃除してもらっていたときのこと。オーナーの奥さんが掃除している間、部屋のドアをあけ放していたところ、廊下を歩いてきた男が突然すっと私たちの部屋に入った。少し離れた廊下で待っていた私が「えっ?!」危ないと思った瞬間、男は室内にいた奥さんに気がついたせいか慌てて部屋を出てどこかへ行ってしまった。
男が去ったあと、奥さんと私は顔を見合わせた。奥さんはあまり英語が話せないので言葉は交わさなかったけれど、「今の男は何だったの?!」というお互いの心の声が表情から伝わった。

この男はおそらく常習的な侵入盗で、ホテルなど不特定多数の人が出入りする建物を狙っているのだと思う。なぜなら、私は廊下の窓から外を眺めていたときに、この男は車でこのホテルにやってきたのに受付を通らずに(私たちの部屋は受付の真上にあり、かつ建物の構造上、宿泊客は必ず私たちの部屋の前を通らなければいけない作り)どこからか中に入ってきた。そして私たちの部屋から立ち去るときも受付を素通りしていたから。

そして、ああ、ここは日本ではないのだと痛感した。今回は何にも被害がなくて済んでよかったけれど、もし男が目的のためには手段を選ばない過激な人物だったら?もし男が銃を持っていたら?奥さんも私も殴られ、あるいは撃たれていたかもしれない。そして部屋にあった金品もパスポートも奪われていたかもしれない。

もちろん日本にいたって強盗も空き巣も、車上狙いも殺人も起こるわけだけど、外国と比べたときの治安のよさに名を借りた、赤の他人でもある程度信用できる安心感みたいなものがあった気がする。窃盗に例えるなら、他人のものを盗んではいけないというルールがあって皆がそれを守らなくてはいけない、そしてあくまでも盗んだ人が悪い、とする風潮があるように思う。

でも、ここは自己防衛が主体の国。犯罪が起きるのは当たり前であって、危機管理ができていない方が悪い。盗まれたくないなら、盗まれないだけの防衛策を自分で講じなくてはならない。

これから住むことになるUCバークレーの家族寮も、侵入盗が多いと耳にする。大学も、自転車の盗難(前輪と後輪にそれぞれ鍵をつけるのは当然のことで、それでもタイヤだけを残して他の部品を持って行かれたりする)が本当に多いらしい。

あと2年間、夫と自分の身を守って生き抜かなければ。

2012年8月9日木曜日

まさかの住居問題、勃発!


ときは7月半ば。苦労の末に入国ビザも手に入れてほくほく、あとは引越の手配など地道な作業を進めればよろし、と安心していた妻。一方で夫は、ハウジングオフィスにメールで「住める部屋が見つかったかどうか教えて欲しい」と問い合わせていたみたい。

そして、まさか、まさかの緊急事態!「提出書類が揃っていないので、あなたの申込みは完了していない」という返事が来たのだった!急いで確認するもののこちらの提出に不備はなく、3か月も前に直接渡した書類のことを今さら~~!これか!これがアメリカの事務ってやつか!怒り心頭に達した私たちは抗議することに。といっても電話だと対等に渡り合えそうもないので、やはりメールで。

そこで夫が持ち出してきたのがこの本「相手を必ず動かす英文メールの書き方(著者ポール・ビソネット)」。これは交渉事やクレームの付け方が苦手な日本人にとてもおすすめ。柔和な表現からキツめの表現まで状況別に英語で、具体的な例文を多く紹介しているので本当に役に立ったし、これからも助けになると思う。

そして結果的に言うと、この本は効いた。本を見ながら英文を練って「私たちに落ち度はないこと、4月に書類を提出したこと、同じ時期に申し込んだ知人はすでに部屋を得ていること、そして私たちは8月上旬に渡米すること」を穏やかに書いた。

すると1週間後に返信がきた。「部屋を用意した。ただ入居可能なのは8月下旬だ。それでいいなら家賃と手付金を支払って欲しい」という素っ気ないものだった。ごめんなさいの欠片もないメールだったし、渡米後に泊まるホテルを今から探すなんて無茶だ、と思ったけれど、この部屋を押さえるほかないから「OK」の返事をした。

そして家賃と手付金を再び国際為替で送り、為替証書はEMSを使って送った。後日、契約書がメールで届いたので印刷してサインし、これもEMSで送った。

こういうの、日本だったらOKの返事を受け取った時点でスタッフが「後日契約書を郵送にてご返送いただきたく存じます」とか説明してくれるはずで、そうしたら為替証書と契約書を一度に郵送できるはずで、でもアメリカの事務だからそんな細やかな気配りなんてできないわけで、2回もEMSを使うはめになって出費がかさんで…。

でも、アメリカンな事務の洗礼を受けたあとなので期待値ゼロ、もはや動じないのよ(-“-)

2012年8月8日水曜日

運転免許


バークレーに住むことを決めてから、車の運転免許について何度も夫婦で話し合ってきた。私たち夫婦は運転免許を持っていない。南カリフォルニアは車がないと厳しいみたいだけど、バークレーは?地下鉄BartやバスAC Transitなどの公共交通機関もあるし、普段夫は大学と家を往復するだけだし車がなくても生活はしていけそうな感じ。

でも夫がバークレー出身の先輩方に訊いてまわると、車があった方が便利に越したことはない、特に買い出しや観光をするのであれば。また、バスやタクシーは、ドライバーの技術においても職業倫理においてもあまり信用できない、とのこと。
結局、夫が運転免許を取得することに落ち着いた。本当は時間的に余裕のある妻が取ればよかったのだけど、幼少の時分より反射神経の鈍さには定評があるため、公衆の安全を考慮して免許取得の任務は固辞しましたとさ。

晴れて6月末に夫は国内運転免許を取得!忙しいなかで頑張ってくれてどうもありがとう。私は知らなかったのだけど、同時期に夫は平日夜間の英語のビジネススクール2か所にも通学していたらしい。夫は以前からずっと仕事で帰りが遅かったので気がつかなかった能天気な妻…。

と反省しつつ、準備をすすめないとね。国内運転免許を取得したあとに必要なのは、渡米前に「国際運転免許証」と「英文の無事故無違反証明書」の二つを手に入れること。

国際運転免許証は江東区の運転免許センターに行って、パスポートと写真とその場で記入する申込書を提出し、申請手数料を支払って1時間ほどで発行された。免許証というわりには灰色の厚紙でできていて頼りないなあ…。

英文の無事故無違反証明書は、扱っているセンターが遠方にあるので郵送で請求した。「経歴証明書」という名前の申込用紙を交番や警察署で配布しているらしいので、近くの交番でお巡りさんに「経歴証明書」をくださいと言うと実際にもらえた。
この経歴証明書は払込用紙になっているので、記入後はそのまま郵便局のATMで支払いできる。英文の証明書をもらうには、備考欄にしっかりと氏名の英語表記と、「英文」と書くこと!支払ってから10日程度で郵送されてきた。

私たちはカリフォルニアではカーシェアリングを利用したいと思っているので、申込時にはこの無事故無違反証明書が役に立つはず。

2012年8月6日月曜日

大学決定後の手続き(ビザ取得)


I-20が届くのは一体いつになることやら…とやきもきしていたが、意外と早く郵送されてきた。大学には普通郵便での郵送を頼んだけれど、結局2週間もかからずに受け取れた。

さて、次はSEVISの支払いという作業がある。SEVISの正式名称はStudent and Exchange Visitor Information System。これは一言でいうとアメリカ政府が国内の留学生について情報を管理する制度で、9.11のテロ以降に強化された制度。アメリカの大学は留学生について氏名や住所などの個人情報を政府に提供しなくてはならず、そのための情報管理手数料を留学生本人が負担しなくてはならないらしい。え…?そんなのあり?と言いたくなるけど、支払わないと先に進めないので払うしかない。

留学生一人ひとりにSEVIS番号が付けられていて、その番号はI-20に記載されている。I-20にSEVISの費用の支払い方法が説明されたレターが同封されているので、それをもとにSEVIS支払いのホームページにアクセスして、支払い。これはクレジットカードでの支払いのみ可能だった。

続いては急いでアメリカ大使館でビザの申請をすることに!インターネットで検索してみると、大使館で面接を受けるまでに、まずオンラインで申請書(DS-160という名前)の提出が必要らしい。
このDS-160は10ページ以上も入力しなくてはならず、なかには申請者の中学校以降の学歴や学校の所在地、過去5年以内の職歴、会社の所在地や電話番号などといった下調べが必要な項目もあった。あと、入力した情報について確認できる照会先を家族以外で2名挙げ、それぞれの氏名と住所、電話番号を入力しなさい、という項目もあった。(夫は会社の上司について書いたけれど)実際に情報照会なんてきっとしないとは思うけれど、いきなりこんな項目が出てきたので焦ってしまった。

そんなこんなで、このオンラインでの作業には入力だけで3時間ほど費やしてしまった。といっても途中でページを保存して何度でも呼び出すことができるので、実は何日かにわけて作業した。

我が家ではインターネットの接続環境がよくないので、近くの某ドーナツショップにパソコンと書類一式(I-20,パスポート、夫の学歴など書きだしたメモ、UCバークレーの所在地などがわかる書類)を持ち込んで入力開始!その日は夫の分(F-1)と私の分(F-2)をおおむね入力したところで保存して家に帰った。ちなみに夫の分を入力するときに同行する家族についての情報も必要になるので、私がF-2ビザを求めていることはそのときに入力できる作りになっていた。

一番困ったのは、DS―160の入力と並行して、ビザ申請手数料の支払いを行うのだけど、どこにどうやって支払えばいいのかという情報に全然たどりつけなかったこと。アメリカ大使館のホームページを見てもちょっと(だいぶ?)不親切でわからず、他の方が書いているブログをいくつも検索して、それでもとうとう私には全貌がつかめなかった…。

ちなみに手数料の支払い方は、入力作業と写真のアップロードを終えたあとに、バーコードのついた確認ページを印刷する。ちなみにこのバーコードは支払いとは関係がない。その後にビザ申請の受付番号が割り当てられたページが表示されるので、それも印刷。そこで支払い方法を選択することができる、という複雑な構造になっている。ATMで支払うかクレジットカードで支払うか選べる。

また、DS-160の最後に写真をアップロードする必要がある。写真の背景が白でないと再提出をさせられると誰かのブログに書いてあったので、近所の白い建物を背景にデジカメでお互いの写真を撮った。何ともはた迷惑な夫婦。でも、いざアップロードしようとしたら背景がやはりNGだとエラーメッセージが表示されてしまった。さて、どうする?

そこで我が夫、ペイント機能を使って背景を消しゴムで白く消すことを思いついた。そんなので通用するのかな~と冷ややかに見ていたけど、夫が自らやってみたらなんと写真が受け付けられた。ここで出社時間になったので夫とは別れ、私も手作業でせっせと自分の背景を消し、アップロードもどうにか一人でできた。DS-160についてはこれで終了。

…と思ったら、まだやることがあったのね。「送付先情報」というものも入力しないといけないらしい。これは、大使館から後日ビザや提出書類が返送されてきたときに送付して欲しい宛先を入力せよ、ということみたい。夫の名前で自宅の住所を入力し、家族の分として私も入力。面接の予約はそのあとにやっと行うことができるという迷路のようなシステム。これで、これで本当に終了!

その他にこちらで用意するものは返送用の封筒。これは郵便局で500円にて販売されているExPack500というもの。この封筒の宛先に自分の名前と住所を書いたものを、大使館での面接時に他の提出書類と一緒に窓口に出せばOK。

ちなみにこのExPack500が必要だという情報は大使館のホームページには書かれていなくて、他の方のブログで初めて知りました。大使館さん、手続きを時系列にするとか、必要なものを一覧表にするとかわかりやすくしてくれたらとってもありがたいのだけれど。それにしても大変だった!

~後日談~
大使館の面接時は、予約した面接時間とは関係なく、早めに行って列に並んだ方がいいです。午後の受付は2時からということだったので、1時半くらいに着いたものの近くで時間を潰していた。だけどこれが失敗!2時に大使館前に行くとすでに長蛇の列…。結局建物の中に入れたのは1時間後。中で待つことさらに1時間でやっと面接、…って、もう4時なんですけど!面接時間の予約には意味がないのだと学んだよ。きっともうビザを取得する機会なんてないけどね(-“-)

あと、提出する書類は透明なクリアファイルで一人分づつまとめること!私は夫の分を透明なクリアファイルで、自分の分を黄色いクリアファイルに挟んで提出したら、黄色い方は取り上げられて(^^ゞ大使館に備えてあった透明なクリアファイルに入れ直された。そして二人分のクリアファイルはもう手元に返ってこなかった…。

疲労困憊で面接に臨んだけど、面接官がフレンドリーな人だったので良かった。夫がカリフォルニアに留学すると告げると、「Vacation Visaにしてあげようか?」と冗談を言ってくれたりして、楽しく5分が過ぎた。ありがとう、目にも鮮やかな緑の水玉ネクタイの人。(職場でそんな派手なネクタイをしていいのかしら?)

あ、ビザやパスポートその他の書類は、面接から3日後に郵送されてきました。

2012年8月5日日曜日

大学合格と手続き


3月7日、UCバークレーからまさかの合格通知がメールで届く。
すごいテンションの夫に起こされ、いかにバークレーがすごいところなのかを切々と説かれつつ眠くてたまらなかったあの日の朝に私たちの人生は転機を迎えた。

3月半ば、入学の意思をメールで伝えた。夫によると、気候や日本人の少なさなど諸々について熟慮の末、UCバークレーに心を決めた、とのこと。「御意」と返事する妻。ええ、妻たるもの、ニューヨークだってカリフォルニアだって(贅沢な選択肢ですこと!以前に合格通知が届いていたコーネル大学とコロンビア大学は辞退することに)どこにでもついて行きますわよ!

さっそく住居について調べる。ありがたいことにバークレーにはUC villageと呼ばれる世帯寮があるらしい。善は急げと申し込み用紙をダウンロードし、さくさく記入してファックスを送った。その後ハウジングオフィスという寮を管理する事務所からメールでフォローが来て、提出すべき書類と申請手数料の受理ができないとwaiting listに載せられないというので、あわてて書類を手配する。そして申請手数料の支払いをするために生まれて初めて国際為替を利用した。英語で申込用紙と為替証書に記入。電信処理は郵便局で行うので、為替証書は自分で郵送する仕組みらしい。
ちょうど4月上旬にUCバークレーで入学予定者を対象にしたオリエンテーションがあり、夫は会社の休みをもらって参加するので世帯寮の入居申込書類と為替証書は夫に直接ハウジングオフィスへ提出してもらった。これで住居については、入居の順番が割り当てられるのを待つだけ♪

これからやるべきことはアメリカ大使館からの入国ビザの取得、だけどその前に大学から入学証明(I-20)を入手しないといけないのよね。厳密に言うとI-20を手に入れてSEVIS(後述します)の費用を払う作業も済ませないと、大使館の面接予約ができないみたい。

で、まずは大学にI-20の発行をお願いしないと。NIF(Non-immigrant Information Form)登録という学生登録をオンラインで済ませると発行してくれるらしいので、大学のホームページから夫と二人で励まし合いつつ、氏名や現住所などの入力作業を終えた。ん?終わったの…かな?終わったのよね。よし、これで後は待っていればI-20が郵送されて来るはず!これが4月半ばの話。

…ときはGW明け。一向にそれらしきものが送られてこないので焦りだす夫。さすがアメリカン、手続きも大らかなのね~と思っていたら夫は大学にメールで問い合わせたみたい。あなたのNIF登録が完了していない、との回答が来たのでまさかと思いつつログインしてみると…前回入力した内容がそのまま残っている。ほら~登録してるのに、とスクロールしていくと、小さなsubmitボタンを発見。え?一気に血の気が引くのんき妻。おそるおそるクリックしてみると画面が変わり、「Congratulation!あなたのNIF登録は完了しました。つきましては下記の書類を郵送してね。郵送が遅れるとI-20の発行も遅れちゃうから気をつけてね❤」という文章が。
そのあと夫婦の間にどんなやりとりがあったかは割愛するけど、急いで必要な書類を集めて(銀行からの英文での残高証明やパスポートの写しなど)これまた生まれて初めてFedExを利用して郵送を済ませたのが5月半ばの話。

2012年8月4日土曜日

ごあいさつ


はじめまして、Chaiです。
夫がUCバークレーに留学するため、カリフォルニアへ引っ越してきました。
日々のあれこれを綴っていきたいと思います。